読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

へのへの!

henoheno(ハワイ語)=かわいい=霧矢大夢さんと日々のあれこれ

彼女からのエール――赤坂RED/THEATER『THE LAST FLAPPER』

自分のことを精一杯愛して、夫や家族のことも精一杯愛して、でも彼らに抑圧され、だからといって彼らを捨てきれず、結果、魂の行き場を失ったゼルダ

 

精神病院での最期の一日。数時間後に、ゼルダは火事で死ぬ。それを知っている観客の前で、彼女は、夫・スコット、父親、母親――これまでの人生で、自分と深く関わった人間との時間を再現する。

 

印象的な台詞があった。

どうして私のことが好きになったの?とキャッキャしながら聞くゼルダに対し、スコットはこう答える。

「君は人生を真面目に考えているところがある」。

この返答を、ゼルダは「フラッパーって言われる私が真面目ぇ?冗談でしょ!」といなす。

 

でも、わかるよ、ゼルダが本当はとても真摯な人なんだって。だって、そうじゃなければ、こんなふうにギリギリまで自分を追い込んだりはしないはず。

どんなに享楽的に見せてても、芯は硬い女性。これが、霧矢さんの持ち味にピッタリだった。

いや、というか、もしかしたら、霧矢さんが演じるからそういう女性に見えたのかもしれない。冒頭、ボサッとした表情で、無造作に扉から出ていた瞬間から、「あ、この女の人、好きだ」と思ったもの。

 

霧矢さんの硬質さ、乾燥注意報!(笑)ってほどのリアリスティックさが、ある種わかりやすい「悲劇のヒロイン」であるゼルダの慟哭を、客観的に描出していく。いやほんと、これが憑依系の「女のプロ!」(笑)みたいな女優さんだったら、相当しんどかったと思います、生々しくて。

 

ラストの5分、これまでの軌跡を辿ったゼルダは、まるごとの自分を肯定する。

 

「からっぽじゃない」。

 

そうつぶやいて、同じ言葉を紙に書きつけるゼルダの、少しうつむいた顔。

それは全幕中でもっとも穏やかで、どこか気高い表情だった。彼女の頭上から陽の光が優しく注ぐような健やかさ。「慈しみ」そのもの。

 

このシーンを観ていて。

実際に生きていたゼルダ・セイヤーという人。はた目からは決して幸福な人生を送ったとは思われていない女性。その彼女が、舞台を、役者の肉体を通して21世紀の今再生し、観客と出会うことで、救われたりはしないのかな?と考えたりした。

ゼルダが「生ききった」という事実が時を経て、私たちのなかに刻まれる。その存在が忘れられずすくい上げられることで、彼女の魂が昇華されたら嬉しいな、なんて。

こんなのは傲慢で身勝手な妄想かもしれないけど、霧矢さんゼルダのあの慈しみの表情には、私たちを鼓舞する強さが光り輝いていたから。

 

苦しんで、戦って、たとえ敗れても。

からっぽじゃない。あなたも、私も。

 

そんなエールが聞こえたような気がした、『THE LAST FLAPPER』初日。

 

当日券も出るそうです↓

napposunited.com

 

情熱的で気分屋でわがままでチャーミングなゼルダを演じる霧矢大夢。この人のファンでよかったなぁ、と思える一作がまた誕生しました。